治療院の内容など


by nakayamaryu
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<   2009年 08月 ( 11 )   > この月の画像一覧

遊び

 土曜日は、いつものごとく観照塾に稽古に行ってきました。そこで感じたことを、いつものごとく好き勝手に書いてみまぁ~す。

<感じたこと>
・膝を弛める、薄筋
 治療中でも普段でも、この膝を弛めるということが非常に有効で、しかも!薄筋を利かすというところがまた非常に赴き深い。

・骨盤、股関節を締める
 基本中の基本。締めると一言で言っても、そのバリエーションは数知れず。

・骨盤時計
 骨盤、股関節を締めた上で、繋がりをもって身体を使えるか。これも治療の基本。

・足の裏の感覚と指先
 足の裏の感覚(重心など)を感じることと、指先の意識のもちかたで上半身までの繋がりや動作がいかに変化してくるか、検証していく。

・観察して考えて、やってみて工夫する
 治療以前の最重要事項。ここの精度は常に高めていくことを自らに要求する。

・色々、試してみる(条件を変えたりしながら)
 遊び心。違うと思われることでもやってみて本当に違うか試してみたり、こうではないかと思い浮かんだことを恐がらずにやってみる。仮説と実験と検証。遊び心。

 自分に言い聞かせながら書いてみました。意味不明なことも多々あるとは思いますが(^^)汗

   「今日の嬉しかったこと」
 ・二日目のカレーを食べることが出来た
 ・ぐっすり寝れた
 ・ちょっと整理ができた
 ・明日へのやる気が湧いている
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by nakayamaryu | 2009-08-31 23:43 | 稽古と治療

本質

「沈黙の泉」 アントニー・デ・メロ著より紹介させて頂きます

 ・動き
弟子たちは何かにつけて、先生に知恵のことばを所望した。すると、師は言った。「知恵とは、ことばに表れてくるようなものではない。むしろ行為のうちにおのずと姿を現してくるものじゃ。」
ところが、弟子たちが真っ先に活動に走ろうとする様子を見て、師は大声で笑った。「そんなのを行為とは呼ばん。それはただの動きというもんじや。」

 ・夢
「いつになったら、悟りを得ましょう?」「見るようになるときじゃ」と師は言う。
「見るって、何をです?」

「木々や花、月や星などを見るのじゃ。」
「そんなもの、毎日だって見ています。」
「いや違う。おまえが見るのは紙の木々、紙の花々、紙の月。それに紙の星じゃ。おまえは現実のうちには生きておらず、おのれのことばと思いのうちに生きておるから。」
それから、師は、こうやさしく付け足した。
「ああなんと、おまえが生きるのは紙の生、死んでゆくのも、紙の死とは……」

 ・ことば
弟子たちは夢中になって老子の金言について激論を戦わせていた。

   「知る者は語らず、
   語るものは知らない。」

そこに師が入ってきた。弟子たちはこのことばはいったいどういう意昧なのか、と尋ねた。

「おまえたちのうちだれか、バラの花の香りを知っておる者がおるか?」

だれもが、それを知っていた。
「それをことばにしてみなされ。」

すると、だれもが黙りこんでしまった。

 ・修練
先生は毎朝庭に出て、いったいどんな黙想を行っているんだろう? 好奇の目に輝いた弟子たちに、師は応えて言った。「決意深く目をこらすと、わしは見事に咲きほこったバラの茂みを見るのじゃ。」
「バラの茂みを見るのに、なぜ注意深く目をこらさなければならないのですか?」と弟子たちは尋ねた。
「バラの茂みの代わりに」と師は言った。「バラの茂みの代わりに、それについて持っている観念を、見てしまうことのないようにじや。」

 ・表裏一体
結婚生活が難局にさしかかっていたので、男は師に助言を求めに出かけた。
師は言った。「奥さんの話すことに耳を傾ける術を学ばねばならん。」
男はこの助言をまともに受けとめた。
ひと月の後戻ってくると、自分は妻のことばに一つひとつ耳を傾ける術を学んだと報告した。
師はニヤリと笑って、言った。「さあ、今度は家に戻って、奥さんが口にしないことばにことごとく耳を傾けなさい。」

  #管理人です
 最近、観察といことが面白くてしているのですが上記のようなことを頭に入れながら、よくよく観察していきたと思います。観察するとか見るとか聞くとか呼吸するとか動作するとか、簡単なようで奥が深く大切なことだと感じます。

   「今日の嬉しかったこと」
 ・気持ちよく汗をかけた(^^)
 ・学生時代の先輩と久しぶりにお会いした(家の前で)
 ・突然の湿気にも動じなかった
 ・欲しかった物が入手できた(^ー^)
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by nakayamaryu | 2009-08-28 22:40 | 本の紹介など

生け花

 今日は仕事を終えて、ご飯を食べてから頂戴した花を生けてみました(^o^)因みに花は、三島柴胡と竜胆です。
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                         一枚目



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                         二枚目


 ちょっと、ブレた感じになっちゃいました(汗)背景が上手いこと作れなかったためだと思います。完全に言い訳ですが、花が大きいためお手製の背景に収まりきらなかったので、場所を変更したのです(涙)


   「今日の嬉しかったこと」
 ・花を治療所に飾れた
 ・嬉しいお言葉を頂いた
 ・昨日の夜、バリカンを入れてスッキリした
 ・研究意欲が湧いている
 ・たった今!ふとどき者の蚊を来世へと旅立たせた
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by nakayamaryu | 2009-08-26 22:28 | 当院の風景

感じる

 「オステオパシーとは何か」 平塚 晃一著より紹介させて頂きます。

・病気は自然が決める
 人間がどう考えようが、どう病名を付けようが付けまいが、自然が病気と判定した時は病気なのです。本人が気が付こうが気が付くまいが、人間は完全に自然の中で生かされているわけで、自然の摂理に反して生活していくうちに病気の原因が作られ、体が自然の変化に対応できなくなった時に病気になるのです。
 
 病名を付けるのは、人間が人間の考えた知識の範囲の中だけで便宜的に行なっているだけに過ぎません。そこを大人の人は、病院へ行って病名を付けられると途端にがっくりしたり、または何でもなかったと安心したりします。病名を付けられるのが嫌だから病院へ行かないという人もいます。
 
 また、民間療法は自然だから薬よりはそちらの方がよいとか、漢方薬だから副作用がないとか、磁力は自然だからよいとか、手でやるからよいとか、さまざまなことを言いますが、問題はもっと以前にあるのです。
 
 病気の原因は、私たちが毎日生活していくうちに知らず知らずに蓄積した歪みによって形作られるのです。ですから、具合が悪いとか病気になったとか、突然動けなくなったとか、いろいろな不都合がありますが、そんな症状が出た時は悪いことが大分積み重なっていて、警告としての痛みや症状なのです。それを無視して大したことはないとたかをくくっていると、本当の病気にかかるのです。
 
 したがって、病気は実は突然には起こらないのです。人間には補正作用というのがあって、少々のことではすぐには悪くならないようにできています。少しの症状を出しながら警告していますが、それを無視していくうちにもっとはっきりとした形で表われてくるものが病気なのです。したがって、そういうことを念頭において生活するならば事前に感じることができるし、病気には徴候というのがあることが分かれば大体事前に注意して事な
きを得ることができます。

・感じることが大切
 「病気の徴候を知る」と言っても素人にはよく分からないと思われるかもしれません。確かにそういう面もありますが、それは関心を持つように教育されていないからです。自分の体が「何か変だな」と違和感を感じるのには、難しい勉強も知識も必要ありません。ただ、そういうことを感じるだけでよいのです。何かを感じた時、「おやツ」と思うことが大切なのです。そして、その時振り返って考えれば、自分が行なった行動や生活の中ですぐ原囚を見つけることができるのです。
 
 そして、体というのは心の意のままばかりには動けないということを悟るべきです。体の言う表現を素直に感じて、その違和感の原因とそれを解消するための方策をすぐ取れば、病気にまで発展することはまずありません。とかく今の日本では外からの刺激やストレスが多く、自分の体の中のサインが無視されがちです。時によると体の悲鳴さえも無視して働いた結果、突然死などを迎えたりするのです。あれは突然死ではなく、赤信号を無視するか信号を見ないで走ってきた車が衝突するようなもので、予測できることなのです。

 参照1:こちら
 参照2:こちら
 参照3:こちら 
  
  #管理人です
 「感じる」っていうことは、本当に何気ないことではありますが大切なことだと思います。最近なら、虫の声を聞いたり気持ちよい夜風にあたることにより秋の訪れを感じたり、花や食べ物で季節を感じたり、痛みだけではなく日常を「感じる」ことにちょっと意識を向けることにより自分の変化を感じれるようになれたらなぁと思います。

  「今日の嬉しかったこと」
 ・夜風が心地よく感じた
 ・楽しくお話ができた
 ・心のある品物を頂いた
 ・嬉しい事後報告を受けた
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by nakayamaryu | 2009-08-24 23:38 | 本の紹介など

自分を抜く入れる

昨日、土曜日は観照塾に行ってきました。そこで感じたことを、また好き勝手に治療と結びつけて書いてみまぁす。

 <感じたこと>
・上下の伝達
 上下左右の身体の繋がりと呼吸の入り方などを観る。症状がある場合、どこで繋がりが鈍くなっているかなど観察する。そのためには、まず自分の身体の伝達を認識する。

・12時-6時-3時-9時の緩みをとるということと身体操作
 接点の緩みをとる時の、発想と工夫と流れのイメージをもっと考える。

・鎖骨-肩甲骨を抜く、入れると骨盤時計
 ここが抜けていて、楽に動けることは非常に重要であるため意識していく。

・身体操作と意念
 もっと、ありありとイメージしながら治療に取り組んでいきたい。もちろん前提条件に身体操作(身体創り)があるが、精度を高めていく。

・呼吸でつなげる、呼吸したつもりになる
 これも意念ということになると思う。身体と脳まで繋がって動く。フェルデンクライスをもう一度読み直そうと思った。

・自分を抜く、入れる
 今回、感じた中で一番、感じれて嬉しかったこと。治療で非常に生きてくると、自分の中で期待している。

・観察し工夫する(味は敵より)
 治療をするうえで、一番大切なこと!何よりも重要だと感じている。


 ってなことを感じました。気づくって、嬉しいものですね(^^)/

  「今日の嬉しかったこと」
 ・寝不足だったが、ゆっくり過ごせて楽になった
 ・友人が相談に乗ってくれた(PCのこと)→PCをいまいち解っていない(汗)
 ・部屋の拭き掃除が出来た
 ・今、狙っているスイーツがある(^ー^)ニヤリ
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by nakayamaryu | 2009-08-23 22:48 | 稽古と治療

観察

 今日は「観察」ということについて感じた。よくよく人や物事あるいは自分自身を観察することが、今の自分には最も必要なことではないかと感じた。

 そこで、とりくみたいと思ったことは観察の密度・視点・注意度・イメージ・それに対する興味についてである。これらのことを念頭において気を通して丁寧に観察するということについて当分の間、遊んでみようと思った。

 その最大のヒントというかまず第一のポイントとして、呼吸を注意深く観察してみよう、まずはそこから!という仮説を自分の中で立てている。

 根気よく続けると決心した(^ー^)

かんさつ くわん―
【観察】
(名)スル
物事の様相をありのままにくわしく見極め、そこにある種々の事情を知ること。
「自然現象を―する」「―が鋭い」「―記録」

   「今日の嬉しかったこと」
 ・相手のことを思いやるって凄く温かいと感じさせてもらえた
 ・あきらめないって、単純だが本当に大事と感じた
 ・古い知り合いから連絡があった
 
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by nakayamaryu | 2009-08-20 22:43 | 日々の感じ

呼吸

「いのちの輝き」 ロバート・C・フルフォード著から紹介させて頂きます。

 人は平均して、一日におよそ二万八〇〇〇回ほどの呼吸をくり返している。よく注意していれば、その呼吸一回ごとに、こころにあたらしい想念が生まれるか、古い想念が変化するのがわかる。なぜなら、正しい呼吸をしていると、「いのちの呼吸」が脳細胞を刺激して、こころの活性化を助けてくれるからだ。
 
 からだがストレスにさらされ、疲れを感じたときはいつでも、鼻から深く息を吸って、そのまま何秒か息をとめ、やはり鼻から勢いよく吐きだすと、不快な感覚をからだからとり除き、バランスのとれた、すっきりした状態にすることができる。
 
 忘れないでほしいが、息をするときは、口ではなく鼻からすることが望ましい。というのは、空気が嗅神経の末端にふれて、それが脳を刺激し、脳に呼吸の自然なリズムを思いださせることに役立つからだ。鼻から呼吸しないということは、ある意味で、半分しか生きていないということになる。
 
 人は呼吸したとおりの人になる。
 浅くて不規則な呼吸をしているときは、健康状態も悪く、エネルギーも低下している。トラウマ(心身の傷)を経験したときは、とくにそのことがよくわかる。トラウマは生命エネルギーを妨害し、呼吸が正しく全身をめぐるのを阻害する。
 
 多くの人にとって、誕生は最初の大きなトラウマになる。胎児のからだは産道をとおるために小さく圧縮されているが、楽に出産したときは、赤ん坊も最初の呼吸がしっかりとできて、からだがすぐに大きくひろがってくる。不幸なことに、現代の多くの出産ではそのプロセスが正常に作動せず、からだがじゅうぶんにひろがらないので、赤ん坊にアンバランスやゆがみの素因をもたせることになる。
 
 出産以外でも、物理的・心理的なトラウマによって呼吸のプロセスが阻害されていることがある。強いトラウマのショツクで、われわれの多くが呼吸を途中で急にとめ、そのままリズムが固定してしまっているのだ。そのことが、ほかのどの要因にもまして、さまざまな症状の原因になっていると、わたしは信じている。呼吸が妨害されると、生命力をもっとも多く必要とするときにかぎって、それが弱ってしまうのだ。そのトラウマは異常行
動のパターンを生みだす。それはからだにじょじょに拡散していって、どこかにとどまり、好ましくない影響をおよぼすのである。
 
 だからこそ、呼吸が楽になればなるほど、トラウマによる影響も少なくなるということがいえるのだ。
浅くて不規則な呼吸はまた、作業効率の低下や、ときには、子どもの発達遅滞という結果をもたらす。呼吸が浅く、吸った息が横隔膜の下部までとどかないと、血液のなかの毒素が吐く息に運ばれず、脳に重大な障害をきたしてしまう。脳のはたらきは新鮮な血液がじゅうぶんに供給されるかどうかにかかっているからだ。
 
 深くて規則正しい呼吸法を身につけ-八章のエクササイズを実行すること-、なによりも、それを楽しくおこなっていただきたい。みんなが呼吸を合わせれば、思考においても存在においても、われわれはひとつになれるのだ。

  #管理人です
 バッサリと前の文章を省略していますのでご了承下さい。
 一回ごとの呼吸に注意してみる。って凄く奥深く大切なことだと思いました。日常の何気ない事柄や現象がいかに大切なことなのか今一度、認識しようと思った今日この頃でした。

参照:1
参照:2
   「今日の嬉しかったこと」
 ・久しぶりの友達から連絡があった
 ・良い汗をかいた(爽快!)
 ・朝、気持ちよく目覚めた
 ・音色って言葉について考えてみた
 ・切れたと思った電池が、生きていた!(因みにマウスの電池)
 
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by nakayamaryu | 2009-08-18 23:35 | 本の紹介など

ぱくる

日曜日、中心塾に行ってきました。そこで感じたことなどを書いてみます。

 <感じたこと>
・呼吸で順に緊張-弛緩させる
 ①呼吸でリードしながら身体の色々なところを緊張させてみたり、弛緩させてみたり呼吸だけを色んなところに送るイメージをして遊んでみる。
 ②呼吸と動作を一致させて動き、緊張-弛緩をさせてみる。

・骨盤-股関節などの下を創るということ
 下半身の締りや流れを創った上で上半身の流れが出てくる。やはり鎖骨が緩み下半身で操作することが本当に重要だと思った。

・どこを締めて、どこを緩めるか
 言い換えると、どこが締まればどこが緩むかということを感じた。こういうことを意識しながら自分の身体で色々試してみたくなった。
 
・手の内の引きと攻め・虚実
 手の中でこれが出来ると、患者さんとの接点の緩みがキッチリとれてその後の操作が全く違うものになると感じた。十分に創っていきたい。

・接点の面と点
 やはり患者さんとの接点は重要で、面でとるのか点でとるのか、またどこからでも点にして入れるように出来るようになると上記手の内の精度が高まると感じた。

・観るということ(どういうイメージで操作しているかなど)
 非常に大切なこと。自分の後頭部の辺りからうすらぼんやり観たり、3Dの感覚で観たり、感じるという観方もある。ここの精度も高め必要 大。

・パクルとうこと
 本からでも何からでも、自分との共通項を感じ仮説を立て工夫し実験するのにも大切なことがあると感じた。
それは、「発想」「イメージ」ということ。ここを広くしているのと、そうでないのとでは仮説の精度が変わってくると感じた。

 またまた、好き勝手に感じたことを書いてみました(^^)変化を恐がらずもっと自由な発想でより良い治療が出来るように色々やってみまぁ~っす\(^0^)/

 「今日の嬉しかったこと」
 ・心あるお言葉を頂いた
 ・楽しいお話ができた
 ・ご飯が美味しかった
 ・当たり前のようなことに嬉しいと感じることが出来た
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by nakayamaryu | 2009-08-17 23:10 | 稽古と治療

原因

「病気は自分で治す」 安保 徹著よりご紹介させて頂きます。

 ・原因不明の病気
 現代医学では、病気の原因を不明と言い過ぎているように思います。
ある仕事を持った女性が、まずメニエール病と診断されました。耳が聞こえにくくなったので病院に行くと、原因不明と言われ、薬をもらったそうです。生活習慣や生き方の見直しなどについてのアドバイスを受けることはありませんでした。原因を特定しないまま、病気を治すことなどできるでしょうか。
 
 メニエール病の発症のメカニズムは、ストレス→交感神経緊張→血流障害と顆粒球増多→内耳の障害という流れです。病気から逃れるには、ストレスを減らすことが必要で、生き方を変えなければなりません。また、血流障害や顆粒球増多を解消するために、積極的にからだを温める必要もあります。そうすれば、障害の程度を最小限に食い止めることができるでしょう。
 
 この女性は次に逆流性食道炎になりました。胃液などの逆流による食道の炎症で、代表的な症状は胸やけです。炎症がひどくなると潰瘍ができて出血したり狭窄を起こしたりするのですが、これもストレス病です。ストレスで交感神経緊張が続くと、消化管の働きに異常を来たします。消化管の働きは副交感神経支配下にあるからです。
  
 病院では、胃酸の分泌を抑える薬であるHブロツカーなどを処方されたといいます。治療が本質からかけ離れた流れに入ってしまったのです。薬でこの病気が良くなることは難しいでしょう。
  
 次に肺気胸になりました。病院の医師はこれも原因不明と言ったそうです。これでは、病気を根本的に治すことはできませんし、たとえ治ったとしても再発してしまうでしょう。
  
 ストレスによる血流障害が肺で急に起こると、肺の組織が壊されて気胸が生じます。肺気胸は、からだを温かくして血流を良くするのが一番なのです。肺の組織が修復されれば、肺はまた自然に膨らんできて元に戻ります。大切なのは、再発しないように生き方を改めることなのです。
   
 続けて三つも病気に罹り、いずれも原因不明と言われてしまったことに対しては、本人にも多少問題があると思います。生き方の無理に気づくための感性が足りないのです。
 
 これからは、病院で原因不明と言われたら、患者さんの側が賢くなって、生き方の無理が病気をつくっていることに素早く気づいてください。

   #管理人です
 単純に考えて無理があったり、我慢してたり、その無理にすら気づいていなかったりして痛みや症状が出てくる。原因は血液中の何かの数値が多かったり、または少なかったり、あるいは筋・骨格的なバランスが崩れていたり、気・血・津液の流れのバランスだったりとか多数の可能性を考えることも出来ます。
 
 しかし、本当に改善すべきポイントは日常の中に潜んでいるのかもしれません。この本の別の項にも書いてありましたが。病気や症状を悪いイメージで捉えるのではなく、むしろ今までの自分よりも良くなるチャンスだと思うことが出来れば色んな流れに勢いがついてくるのだと思いました。その第一歩が生き方の無理が病気をつくっていることに気づくということなのかもしれません。

   「今日の嬉しかったこと」
 ・パワーがつき、元気のでる頂き物をした(^o^)/
 ・今日紹介させて頂いた本は患者さんから寄付して頂いたものだった
 ・汗をかいたら気持ち良かった
 ・夜、カレーを食べた
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by nakayamaryu | 2009-08-11 23:43 | 本の紹介など

自発性

「病人と看病人」 野口 晴哉著よりご紹介させて頂きます。

   ・空想と現実と
 人間にとって、健康を保つということ、病気を冶すということは、一生懸命気張らなくてはならないことだろうかというと、そういうことはない。又非常に重大な事柄によって体を毀すことがあるだろうかというと、それも滅多にない。明日戦争になるということで、みんながビックリして死んだなどということはない。私は宣戦布告の発表を聞いた時、日本がどうなろうと自分の今の生活は変えない、人を元気にし、音楽を聴き、原稿を書く自分の生活は少しも変えないと決心をしていた。そして道場は爆弾で焼けたが、どこにも家がないという騒ぎの中でも、私には家を借してくれる人があり、食料もあり、絶え間なく整体指導をつづけていた。
 
 不幸ということは、万人が幸せである中で、自分だけ仲間入りしそこねたという感じを強調して感じるものである。人間の心は、数字の零がいくら沢山あっても、実感としては体に感じない。千万円の預金帳より財布の中に電車賃が一円足りなかったなどということの方が、ずっと実感があり、体に影響がある。

 戦争にしても、パニックにしても、お腹の空かないうちは気にならな い人が多い。人間は「在る」という空想によって愉快だったり、「無い」という空想によって不安になったりするが、その「在る」 「無い」にしても直接のつながりはない。何億円かを持っている人が、九十円の靴下を値切って買ったということがあった。そうなると何億円も無いと同然であるが、その人は何億円かになる地面の代金が入るという空想で極めて豊かな気持だった。顔色まで良くなり、動作も鷹揚になった。だから無理を言わずに鷹揚に値切ったのだろう。七億円を現実にもっているわけではなく銀行に預けてあるのだが、その空想でそうなっている。
  
 
   ・自分を売り込む親切
 看病する場合、その七億円の方はどうでもいいとしても、病人が不安な空想を抱えて蒼くなっているよりも、七億円持っている方が、恢復するには都合がいい。だから看病人は、病人を弱い方向に空想させてはいけないし、病人に疑心暗鬼を生じさせるいろいろな言葉を使って臆病風をそそり立ててはいけない。「癌ではないか」「そういうのが体に悪いのですよ」 「しっかりすれば大丈夫です」などと、しっかりしていなくては尚更悪くなる上うなことを言ってはいけない。自分が親切であることを相手に認めさせようとする場合はそのような売り込みが要る。

 そこで病人が自分で起き上がれるのに、抱き起こしてやらなければ起きられないという印象付けを行なう。病人の方は、自分は抱えられなければ起き上がれないほど重病なのだと思い込む。肩に落ちているフケまではたいてやる。元気だったら、無い埃をはたいて「埃がありますよ」と、おべっかを使っているなと思ってしまうが、病人の場合には、それが親切で好意で、情深い人に思える。看病人が、自分を相手から良く見られよう
とする方向に気を遣っていると、看病人の方が病人から見られる立場になってしまう。それは悪い結果しかもたらさない。
 
 話のわかる親父でありたい、叱言をいわないヒステリックでないお母さんでありたい、子供にそう見せようとして、ただやたらに褒めあげて叱らず、言うべきところを黙っている親が多くなっているが、それも自分を売り込む看病人と同じ類である。
 
 だから病気を看る看病人は最も良く、病人を看る看病人は次に良く、病人に見られようとする看病人は全く価値がない。しかし、ともするとそうなってしまう。また看病人だけでなく、教師が生徒の人気を得ようとしたり、親が子供の機嫌を気にしたり、姑が嫁に自分のモダンさを示そうとすることは、何らかの自分の目的を通そうとする行為で、真に相手のためを思ってする行為ではない。おためごかしにする行為は悪辣である。しかし看病という名の下ではそれが公認されている。親切というオブラートで、病人のためではなく自分のために自分を売り込んでいるような看病人は多い。
 
 だから看病する人には相手の全体を導いていくとか、或いは病気の経過を手伝うとかいう心構えが最初に要る。心構えなしの看病は、初めは親切であっても、それが繰り返されると病人製造法になってしまう。好意とか庇いとか親切とかは、病人にとっては撥ねつけることができず断り難い。看病という労りの名のもとで、体を大事そうに抱え上げてくれたりすると、その時一回はそれでよかったのに、数が重なると、病人はそれを期待するようになり、それを断るどころか、その為に尚更病人になってしまうというような場合も少なくない。
 
 子供が転んで泣くと起こしてやる。自分で立ち上がれるのに起こしてもらうと、次からはそれを期待して泣きだす。そうして貰わないとそのことを不満に感じて、その不平の為に更に泣く。それと同じで、病人でも、相手の不注意を責める為に更に熱を出したり、痛み出したりすることだって少なくないのである。

   #管理人です
 こういった事は非常に面白く感じ、人ということに対する興味が湧いてきます。自分に置き換えてみても思い当たる節もあるし非常に重要なことであると感じました。

   「今日の嬉しかったこと」
 ・美味しいチーズケーキを食べた
 ・頂き物をした
 ・やろうと思っていたことの1つが出来た
 ・良いお話を聞けた
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by nakayamaryu | 2009-08-04 23:44 | 本の紹介など